税務調査には、二種類あります
国税の現場で30年仕事をしてきた中で、私が担当してきた調査には、大きく分けて二つの種類がありました。
- 事前通知のある調査
「○月○日に伺います」と、事前に連絡が入る、一般的な調査 - 無予告調査
事前の連絡なく、ある日突然、調査官が事業所や店舗にやってくる調査
今回は、その「無予告調査」にまつわる、私が今でも忘れられない一場面のお話です。
なぜ「無予告」で来るのか
無予告調査は、誰のところにでも来るわけではありません。
事前通知が原則である中で、あえて無予告で動くからには、それなりの裏付けがあります。
- 事前通知をすると、証拠が処分される恐れがあると判断された
- 現金商売で、現場の現金や売上の動きをその場で確認したい
- 資料情報(取引先・第三者からの情報)が、ある程度集まっている
- 過去の調査で、証拠隠滅の前歴がある
こうした理由で、調査の責任者が「これは無予告でいく」と判断したケースです。
言い換えれば、無予告で来られた時点で、調査官は“ある程度の確信”を持って動いているということになります。
そして、無予告で入る時間は、たいてい朝の9時頃です。
前日の売上が手元にそのまま残っていて、レジ締めも銀行入金もまだ行われていない ―「事業が動き出す前の、もっとも生々しい状態」を押さえに来ているのです。
田舎の仕出し屋さんに、無予告で入った日
私が税務署に入って数年目、調査技法をひと通り習得し、現金商売のところへ無予告調査を重ねていた時期の話です。
その日の臨場先は、田舎の仕出し屋さんでした。
地域に同業者がほとんどおらず、事実上の独占状態。注文は途切れず、地元では知らない人がいない、そんなお店でした。
朝、無予告で店舗に臨場した瞬間から、異様なうろたえようでした。
普通の方でも無予告で来られれば動揺はします。ですが、この経営者の動揺は、明らかにそれを超えていました。
「さぁ、何を隠しているのかな?」
正直に言えば、調査官として、内心ワクワクしながら現場を進めていったのを覚えています。
天井から、ぶら下がっていたもの
事務所の奥には、ご家族の居住スペースがありました。
そこには、ご病気で療養中の代表者のお父様が、布団の中で眠っておられました。
その居住スペースに足を踏み入れたとき、ふと、あるものが視界に入りました。
天井から、新聞の折込広告が、ぶら下がっていたのです。
しかも、ただぶら下がっているのではありません。
何枚もの折込広告がつなげられて、長いのれんのようになっており、お世辞にも自然な光景とは言えませんでした。かなり目立つものだったのです。
事務所に戻り、代表者と通常の聴取を進めていく間も、私は気になっていました。
そして、代表者の様子を観察していると、その折込広告の話題には、絶対にならないよう、一生懸命受け答えをされていることが、はっきりと伝わってきたのです。
「ところで社長、あの折込広告は何ですか?」
ひと通り必要事項の聴取が終わり、頃合いかなというタイミングで、私は静かに切り出しました。
「ところで社長、あの折込広告は何ですか?」
その瞬間でした。
布団の中で眠っておられたはずのお父様が、勢いよく飛び起き、ふらつきながらも、天井からぶら下がっていた折込広告をすべて剥ぎ取り、そのまま四つん這いでトイレに駆け込んでいかれたのです。
正直に申し上げて、調査官になって日が浅かった当時の私は、何と声をかけるべきか、一瞬わからなくなりました。
寝たきりの老人が、必死の形相で証拠隠滅を図っている。その姿に、調査官としての立場と、人としての驚きとが、ぐちゃぐちゃに混ざる一場面でした。
30分の「天岩戸」状態
その後、現場は文字通り「天岩戸」状態になりました。
トイレに立てこもったお父様に向かって、ご家族が口々に呼びかけます。
「お父さん、出てきて!」
「税務署の人も、怒らんって言ってるから、出てきて!」
「じいちゃん、倒れるけん、出てきて!」
呼びかけても、出てこない。
私たちは事務所で静かに待つしかありません。
30分ほど経った頃、ようやくお父様が、「すまん」と一言だけおっしゃりながら、観念したように折込広告を持って、トイレから出てこられました。
あの折込広告の、正体
さて、ここまで読んでくださった方は、こう思われるかもしれません。
「で、結局、その折込広告は何だったんですか?」
答えは、「予約帳」でした。
仕出し屋さんですから、お弁当や仕出しの注文を受けた記録を、毎日のように残していかなければなりません。
ところが、その注文の一部は、売上に計上されていなかったのです。
正規の予約帳とは別に、抜いている売上の注文を、新聞の折込広告の裏に書き留めていた。
それが何枚もたまり、つなげて、いつでも処分できるように天井からぶら下げていた ―これが、あの長いのれんの正体でした。
そして、お父様は、寝たきりではあっても、お店の事情をすべてご存じだったのでしょう。
「いつかは税務署が来る」と覚悟しておられて、その時に証拠を消すタイミングを、布団の中でじっと待ち続けておられたのです。
結末、そして残ったもの
最終的に、この事案は売上除外を認める形となり、重加算税の賦課となりました。
金額の大小よりも、寝たきりの老人を動かしてまで、証拠隠滅を図ろうとした、その執念のほうが、当時の私には深く残りました。
人は、隠したいものを抱えると、ここまでして守ろうとするのか ―調査官として、考えさせられた一日でした。
この話から、お伝えしたいこと
この一件で、私自身が学んだことを、最後にお伝えします。
- 無予告調査は、ある程度の確信を持って動いている
- 来られた瞬間の振る舞いは、調査官に必ず読まれている
- 「隠しているもの」は、いずれ必ず出てくる
- 慌てた瞬間に、本来見つからなかったかもしれないものまで、明るみに出る
一番強いのは、無予告で来られても、「どうぞご覧ください」と言える状態にしておくことです。
これは、決して特別なことではありません。
- 現金出納帳と手元現金が、日々一致している
- 売上・仕入・経費の証憑が、月単位で整理されている
- 「経費」と「個人支出」の線引きが、明確になっている
- 顧問税理士の連絡先を、社内全員が知っている
平時にこれだけ整えておけば、無予告で来られても、慌てて天井に何かをぶら下げる必要はないのです。
困ったときは、仁王さん通り税務会計にお任せください
無予告調査は、
- 朝イチに来るのは、動かされる前の現場を押さえるため
- 当日の初動対応が、その後の調査を大きく左右する
- 慌てた一瞬の振る舞いが、致命傷になりうる
- 平時の整え方が、すべてを決める
という、他の調査とは少し性質の違う世界です。
私は調査する側として、こうした現場を数えきれないほど見てきました。
だからこそ今は、経営者の側に立って、無予告で来られても落ち着いて対応できる体制を、一緒に作っていきたいと考えています。
「うちは無予告なんて来ないだろう」 ―そう思っておられる方こそ、一度、平時の体制を見直してみてください。
朝9時にインターフォンが鳴る前に、ご相談いただけることが、何よりの安心につながります。
困ったときは、ぜひ 仁王さん通り税務会計 にご相談ください。
熊本の税務調査対応・税務顧問
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