税務調査対応 畜産業(肥育牛)

「私は何もしていないのに、なぜ数千万円も?」── 元国税調査官が見た、棚卸資産の落とし穴

この事例のポイント

肥育牛の育成費用(飼料代・人件費・按分した減価償却費など)を全額「必要経費」で処理していたため、税務調査で経費否認+在庫(棚卸資産)増のダブルパンチとなり、数千万円の追徴に。業種ごとに異なる棚卸資産の取得原価の考え方を、国税OBの視点で解説した事例です。

棚卸は、調査官が“まず確認する場所”です

国税の現場で30年仕事をしてきた中で、調査官の多くが「ここは重点的に見る」と決めている論点があります。それが、期末の棚卸資産――いわゆる「在庫」です。

なぜ調査官は在庫を重点的に見るのか。理由はシンプルです。在庫の金額は、利益にダイレクトに直結するからです。

期末在庫を少なく計上すれば

売上原価が大きくなり、利益が圧縮される

期末在庫を多く計上すれば

売上原価が小さくなり、利益が膨らむ

つまり、期末在庫を少しいじるだけで、利益(=税金)はいくらでも動かせてしまうのです。調査官がここを見逃すはずがありません。

「だいたい合っています」では通用しません

経営者の方とお話していると、ときどきこんな言葉を聞きます。

「うちの在庫? まあ、だいたい合ってますよ」
「忙しくて、ちゃんと数えてはいないけど、毎年同じくらいだから」
「経理任せだから、自分はよく分からない」

お気持ちは分かります。本業が忙しい中で、期末に在庫を一つひとつ整えるのは大変な作業です。しかし、調査の現場で「だいたい」という言葉は、最も危ない言葉のひとつです。

そして、棚卸の論点で本当に怖いのは、「悪気がなくても、知らなかっただけで、莫大な追徴税額が発生する」ことなのです。

物だけでなく、“生き物”も棚卸資産です

調査現場の実例|肥育牛の棚卸

ここで、私が実際に税務調査で担当した事案を、一つお話しします。

その会社は、大規模な肥育牛の経営者でした。子牛を買ってきて、育てて、出荷する――こういう業態です。地域の基幹産業を担う、立派な経営者の方でした。

調査でまず確認したのが、期末の棚卸資産でした。ここで、見過ごせない事実が浮かび上がってきたのです。

肥育牛は、れっきとした棚卸資産です。そして、その評価金額は、「子牛を買った値段」だけでは済みません。肥育牛の取得原価には、たとえば次のようなものが含まれてきます。

  • 飼料代
  • 敷料(牛舎に敷くもの)
  • 動物薬
  • 獣医費
  • 肥育に直接従事する人件費
  • 牛舎の減価償却費(合理的に按分)
  • 光熱費(合理的に按分)

ところが、この会社では、これらがすべて「必要経費」として処理されていました。つまり、本来であれば期末の棚卸資産の中に取り込まれているべき費用が、まるごと経費としてその年に落とされていたのです。

何が起きるか ―「経費否認+在庫増」のダブルパンチ

この処理が誤りだと判定されると、どうなるか。

利益が押し上げられる連鎖

  • 必要経費としていた費用が否認される
  • その分が期末の棚卸資産に積み上がる
  • 結果として、売上原価が小さくなり、利益が増える
  • 利益が増えれば、法人税・所得税の追徴税額が一気に膨らむ

つまり、「経費が減る」「在庫が増える」のダブルパンチで、利益が大きく押し上げられます。肥育牛のような業態は規模も金額も大きいですから、その追徴額は、数千万円単位になることもあるのです。

「私は何もしていないのに、なぜ?」

このときの経営者の言葉を、今でも覚えています。

「私は何もしていないのに、なんで数千万も税金を払わないといけないんですか!」

おっしゃる通り、この方ご自身は、何も悪いことをしていません。売上を抜いたわけでも、架空経費を計上したわけでもありません。ただ、税務処理を税理士に任せていただけです。

ですが、税金の世界では、最終的に責任を負うのは納税者ご本人です。税理士の処理が間違っていたからといって、税金が消えてなくなることはありません。正しく計算し直した金額を、納税者が納めなければならない――これが現実です。

これは、見ている側の私としても、本当に胸が痛む場面でした。

なぜ、こうしたことが起きるのか

このような事案が起きる背景には、業種ごとの特殊性があります。棚卸資産といえば、多くの方が思い浮かべるのは、商品や材料、製品といった「物」です。ですが実際には、

肥育牛・繁殖牛などの家畜
養殖の魚介類
苗木・観葉植物などの植物
製造業の仕掛品
建設業の未成工事
不動産業の販売用不動産

など、業種ごとに「これは棚卸資産です」というものが存在します。そして、それぞれに、取得原価に含めるべき費用の範囲が決まっているのです。

ところが、こうした特殊業種の顧問先を持っていない税理士は、その業界特有の処理を知らないことがあります。「知らないがゆえに、必要経費に流してしまう」のです。そして、調査でそれが指摘されて初めて、大きな問題として表面化します。

棚卸は、“数えるもの”ではなく“説明するもの”です

私が長年の現場経験からお伝えしたいのは、在庫は「数えること」がゴールではないということです。本当のゴールは、

「この在庫金額は、こういう理由で、こういう方法で算定しました」と、第三者(=調査官)にきちんと説明できる状態にしておくこと

ここまで来て、初めて「在庫が整っている」と言えます。何を在庫として計上するのか。取得原価には何が含まれるのか。その業種特有の論点はないか。この“前提の置き方”ひとつで、後の税額は何千万円も変わり得るのです。

困ったときは、仁王さん通り税務会計にお任せください

棚卸資産は、

  • 利益を直接動かす
  • 外から検証しづらい
  • 業種ごとに論点が大きく違う
  • 「物」だけでなく「生き物」までも対象になる

という、非常に間違えやすく、揉めやすく、そして金額の大きくなりやすい論点です。そして、一度否認されれば、過去数年分にわたって、まとまった追徴税額という、後から大きな請求書が届くタイプの論点でもあります。

私は調査する側として、棚卸で痛い思いをされた経営者を、本当にたくさん見てきました。そのほとんどは、ご本人に悪意があったわけではなく、「処理を任せていた相手が、その業種の特殊性を知らなかった」ケースなのです。

業種特有の棚卸や日々の会計処理は税務顧問、実際に調査の連絡が来たときの対応は税務調査対応のページもあわせてご覧ください。

特殊な業種を営んでおられる方、規模が大きくなってきた経営者の方――「うちの棚卸の処理、本当にこの業種に合っているのかな?」と少しでも引っかかったら、その時点でご相談ください。困ったときは、ぜひ仁王さん通り税務会計にご相談ください。

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